Thursday, July 22, 2021

映画「HOKUSAI」 A FILM, "HOKUSAI"

映画 HOKUSAI


映画
HOKUSAIを見てきた。65点ぐらい。

ある程度北斎のことを知ってないと、話が分からない。

まとまった筋がなく、派手なシーンの寄せ集めで観衆の興味を引こうという魂胆が見え見え。

欠点

①壱の巻は版元蔦屋重三郎の話で、北斎は脇役。

②勝川春水(北斎)が何故自殺しようとしたのか、描写不足

③柳亭種彦が四人の侍に惨殺されるが、やり過ぎ。首がないのも受けを狙ったか。

④滝沢馬琴と挿絵のことで言い争うが、その理由が描写不足

⑤小布施に行くが、どこに行ったか分からない。

⑥最後の場面で怒涛図を描くが、説明不足。

長所

江戸時代の風物、裏長屋、吉原、北斎の家の中が巧く描かれていた。

 

HOKUSAI, A FILM

I went to see Hokusai. 65 points out of 100.

You won’t understand the film unless you have some knowledge about him.

No plots, but a collection of exaggerated scenes. Obviously, the director wanted to attract you with such cheap scenes.

Bad points:

1.    The first chapter deals with the publisher, Tsutaya Jyuzaburo, not Hokusai.

2.    Katsukawa Shunsui (Hokusai) tries to commit suicide, but the reason is not well explained.

3.    Ryutei Tanehiko is brutally killed by samurai. It was too brutal to see. His head is cut off; the director obviously wanted to shock you. Another cheap point.

4.    Hokusai and Takizawa Bakin quarrel but why is not depicted.

5.    Hokusai and Oei go to Obuse, but the film does not tell where their destination is. 

6.    AT the last scene Hokusai draws Dotozu (rough waves), but the film does not tell what it is.

Good point:

Things in Edo ear are well shown, such as common people’s nagaya (cheap apartment), Yoshiwara (a prostitute house), and Hokusai’s house.

Monday, June 28, 2021

七夕の短冊 Wishs on July 7, the Star Festival

七夕の短冊 

Wishes on July 7, the Star Festival


ショッピングモールに行ったところ、七夕の竹が飾ってあり、願い事の書かれた短冊が竹に結ばれていた。以下はその一部。(私は「文学賞を受賞しますように」と書いた)

 I went to a mall and saw Tanabata (Star Festival on July 7) bamboos. A lot of tanzaku (a strip of paper on which you write your wishes) were tied to the branches. Here are some. I myself wrote, "I hope I will win a literary award."

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ステキなおうちが出来ますように

I hope our new house will be a nice one.

母さんの病気が治って長生きできますように

May my mother get well soon and live long.

先生の髪が生えますように

May my teacher’s hair grow.

私が天才になってみんなにじまんしたい

I want to be a genius and brag.

ねんざが早くなおります様

May my sprain be cured soon.

宝くじ当たりますように

I hope I will win the lottery.

〇〇と一緒にいたい 年内には!

I want to be with him (her). Within this year!

今の仕事から転職できますように

I hope I will be able to change jobs soon.

スイミング平泳ぎ(9級)合格出来ますように

I want to pass the 9th breaststroke test.

我家に一億円入りますように

I wish my family could get a 100 million yen.

あたまがよくなりますように

I want to be a bright boy.

家族の無病息災 孫達の無事成長を願う

May all my family be healthy and happy; may my grandchildren grow up without any big trouble.

コロナがなくなりますように

May coronavirus disappear.

いい校高(ママ)に行きたい

I want to go to a prestigious senior high scool [as is written].

ままといつかうみにもぐったり泳いだりしたい

I want to dive and swim in the sea with my mom some day.

サッカーがめちゃうまくなりますように

I want to be a very skillful soccer player.

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あなたのねがいはなんですか

What is your wish?

 

 

Monday, June 21, 2021

五輪と満州事変 The Olympic Games and the Manchurian Incident

五輪と満州事変

 コロナ・パンデミックのなか、菅総理はじめ、小池知事、五輪大臣などが、ごり押しをして五輪を開催しようとしている。開会式には特別枠で観客を二万人入場させるという。

気が狂っているとしか考えられない、三密を訴えながら、真逆のことをしようとしている。内外の感染病専門家、報道機関、医療関係者などが危険だと主張しているにもかかわらずだ。

 政治家の何かが狂っている。誰も止めようとしない。止めるのは国益に反するような雰囲気である。

 これは満州事変当時の政治家の取った態度に残似している。当時、政府は戦争不拡大と言う方針を取りながら、軍部は満州以外の地にも戦域を拡大し中国全域を日本の支配下に置く勢いであった。軍部を誰も止められなかった。そして15年間に及ぶ日中戦争、さらに太平洋戦争、そして惨敗。300万人の死者がでた。

 この悲劇を経験しながら、誰もこの歴史的教訓を生かさず、無理に五輪を開催しようとしている輩は日本の将来を何と思っているのか。

Wednesday, May 26, 2021

辻井ピアニストとワクチン Tsujii Pianist and a Vaccination Shot

 

辻井ピアニストとワクチン

世界的に有名なピアニスト辻井伸行さんとワクチンの接種との関係は?

ともにチケットを取るのに難儀した。

2年ほど前のある日、辻井さんの演奏会のチケット購入の電話受け付けが午前10から始まった。早いもん勝ちである。私は10時きっかりに電話したが、話し中で、また電話するが、また話し中。その後、何度かけても「ただ今電話が込み合っています。しばらく後からかけ直してください」という声が聞こえるだけ。それから、根気よく20分ぐらい何度もかけたが、繋がらなかった。とうとう諦めて、コンサートはまたの機会にした。

24日、新型コロナワクチンの接種予約の電話受付が近くの病院で午後2時から始まった。14:00きっかりに電話したが、すでに話し中であった。やられた。それから何度もかけ直した。辻井さんのこともある。根気よくかけていると14:13分にやっとつながった。早い方かもしれないと思った。

電話予約の熾烈な競争に打ち勝つ方法を知りたい。

Pianist Nobuyuki Tsujii and Vaccine

What is the relation between a pianist Tsujii and vaccine? You have a lot of difficulty in getting the tickets.

   About two years ago the telephone reservation for Tsujii’s concert started at 10:00 in the morning. First come, first served. I called just at 10:00, but the line was busy. I called again, but again it was busy. After that I called and called and called, but the line was always busy. I continued to call for 20 minutes, but the line was busy. At last I gave up. I thought I would go to another concert of his some other day.

   At 2:00 on the afternoon of May 24, the telephone reservation for the new corona virus vaccination started at my neighboring hospital. I called at just 2:00, but the line was busy. Damn it! Suddenly I was seized by the same irritation I felt when I tried to get a ticket for Tsujii’s concert. I again persistently called. At 2:13, I got through to a stuff member of the hospital. I thought I was lucky.

   I want to know how to win telephone reservation competitions.


Thursday, May 6, 2021

金鯱なしの名古屋城 Nagoya Castle without the Golden Dolphins

 金鯱なしの名古屋城



 五月三日、久しぶりに名古屋城へ行った。城内に入り、城を望むといつも見慣れていた金鯱が天守閣大屋根の上になかった。違和感を覚えた。いつも見慣れている物がそこにないとおかしな気持ちになる。
 金鯱は長さと高さが3メートルぐらいあり、文字通り鯱の表面は金でできている。江戸時代に大凧に体を縛り付けて、嵐の晩に金の鱗を盗もうとした悪党がいた。
 さて、いま金鯱はどこに行ったのか。名古屋の繁華街、栄の広場に展示してある。名古屋市民のみならず、金鯱を見に来た人から見物料として500円取っている。私は目の前で金鯱を見たことがないので見たいと思ったが、500円も払って見る気がしなかった。なぜ名古屋市は金鯱を見るのに500円も取るのだろうか。
 金鯱で金もうけをしようとするど根性が気に食わない。きっと金鯱も怒っていることだろう。

Nagoya Castle without the Golden Dolphins

   I went to Nagoya Castle after a long absence. Entering the castle ground, I saw the castle, which I had often seen before, but I felt strange because I failed to see the pair of the golden dolphins on the roof of the castle tower which I was accustomed to seeing. You feel awkward when you cannot see what you always see.

   Each of the golden dolphins are 3 meters long and 3 meters high. The whole body is golden leafed. During a stormy night in the Edo era, a thief tied himself to a giant kite, flew to the top of the donjon, and stole some of the golden scales.

   Where are the golden dolphins now? They are exhibited in a square in Sakae, a busy district in Nagoya. You have to pay no less than 500 yen to see the exhibition.

When I went to Sakae the other day, I wanted to see the dolphins, but I didn’t feel like seeing them I had to pay so much money. Why does Nagoya City charge a 500 yen admission fee?

   I don’t like the spirit of gaining profit by using the golden dolphins. I am sure they are angry at the commercialism.

    

Sunday, April 11, 2021

褒めてくれた恩師 My Teacher Praised Me

 

中日新聞4月10日朝刊、投稿欄より

Monday, April 5, 2021

嶋津導彦君を偲んで In Memory of Michihiko Shimazu

 4月2日、友人の嶋津導彦君が亡くなりました。彼は大垣の興文小学校、中学校、大垣北高等学校の同窓生でした。この度、「北高通信」に以下のような追悼文を書きました。

   A close friend of mine named Michihiko Shimazu died of cancer on April 2. He and I went to the same Kobun Elementary School, Kobun Junior High School, and Kita Senior High school. The eulogy I wrote for him was published in the Kita Senior High School Alumni Bulletin on the Internet. I do not intend to translate it into English.


嶋津導彦君を偲んで

 

松岡 博

 

嶋津君のお通夜に行ってきました。ご遺影の前に立って焼香するとき、ああ、本当に死んでしまったのか、と悲しみがこみあげてきました。

 嶋津君は興文小学校、中学校、北高と同級生でしたが、親しくなったのはこの七、八年です。

 彼は、「味蕾会(みらいかい)」の幹事でした。「味蕾会」は、名古屋とその近郊に住んでいる興文小の同窓生の会で、年に四、五回でしたが、七、八人が集まり、名古屋の料理店で昼飯を食べ、飲み、歓談する会でした。(今は休止)

嶋津君の特技は蕎麦でした。彼は信州にそば畑を持っていて、蕎麦を育て、そば粉を作り、練って、自前の蕎麦を作っていました。おいしい蕎麦を作るために、東京はじめ日本各地の蕎麦作り研修会に泊りがけで出席していました。その腕を振るって、彼は老人ホームで蕎麦を作ってご老人に出していました。

わたしが北高の同窓会に参加するとき、電車で彼と一緒でしたが、蕎麦の話になると、人間が変わったように蘊蓄を語り始めました。鞄から数冊のノートを取り出して、見せてくれました。蕎麦のことが、どのページにも図解入りでびっしり書かれていました。同窓会に出るときでさえも、そのノートを肌身離さず持っているくらい蕎麦大好き人間でした。 

彼曰く、「スーパーで売ってる『ゆでそば』は、袋の裏を見ると本物の蕎麦かどうかわかるんだ。原材料のところで、最初に小麦粉と書いてあれば、そば粉が少ないってことだよ。うまい蕎麦は、最初にそば粉、次に小麦粉と書いてある」

 家に帰って冷蔵庫を開けて、「ゆでそば」の裏を見たら、最初に「小麦粉」と書いてありました。こりゃ、そば粉をまぶしたうどん粉か、と思いました。

 彼は「素庵覚書」と言う蕎麦専門のブログを開設していました。ほとんど毎日のように更新していましたが、三月二十一日の更新が最後でした。彼が作った蕎麦を食べたかった。

 彼のラインの投稿は愉快でした。「興文同期」のライングループに彼は多くの写真や動画の投稿をしてくれました。どれも味のあるものばかりで、バンクシーの絵、懐メロ、数字クイズ、トリオのサンタクロースのダンス、赤ん坊を世話する犬、愉快に踊る猫、悪戯な女の子、洗濯をする犬など、コロナ禍で家に閉じこもるこの一年、彼の投稿にストレスが発散したものです。私の女房も彼の投稿を楽しんでいました。

彼の形見として大事に取ってあるものがあります。彼の手作りの陶器の皿です。二カ月ぐらい前でしたか、嶋津君がわざわざ私の家まで来てくれて、

「形は歪だけど、こんなものできた」

 と言って、皿を二枚くれました。絵柄は「チコちゃん」です。一枚はチコちゃんが笑っている顔、もう一枚は怒っている顔です。両方とも「ボーと生きてんじゃねぇーよ」と書いてありました。

 嶋津君と最後に話したのは二月二十三日です。直接会ったわけではなく、ラインのビデオ会話です。彼は元気そうに見えましたが、膵臓癌を患っていたようです。三月の初旬に病院で検査したところ、全身に転移していたそうです。

 お通夜の最後に導師が「嶋津さんは息を引き取られましたが、息を引き取るとは、故人の息を我々が引き取るということです」と言われました。彼の息を我々北高同窓生が引き継ぐわけです。我々の息も我々の遺族や友が引き継いでいくと解釈しました。

その時まで、「ボーと生きてんじゃねぇ」ように生きていきたいものです。

北高の皆さん、長生きしてください。

 嶋津道彦君、安らかに眠ってください。