Monday, June 21, 2021

五輪と満州事変 The Olympic Games and the Manchurian Incident

五輪と満州事変

 コロナ・パンデミックのなか、菅総理はじめ、小池知事、五輪大臣などが、ごり押しをして五輪を開催しようとしている。開会式には特別枠で観客を二万人入場させるという。

気が狂っているとしか考えられない、三密を訴えながら、真逆のことをしようとしている。内外の感染病専門家、報道機関、医療関係者などが危険だと主張しているにもかかわらずだ。

 政治家の何かが狂っている。誰も止めようとしない。止めるのは国益に反するような雰囲気である。

 これは満州事変当時の政治家の取った態度に残似している。当時、政府は戦争不拡大と言う方針を取りながら、軍部は満州以外の地にも戦域を拡大し中国全域を日本の支配下に置く勢いであった。軍部を誰も止められなかった。そして15年間に及ぶ日中戦争、さらに太平洋戦争、そして惨敗。300万人の死者がでた。

 この悲劇を経験しながら、誰もこの歴史的教訓を生かさず、無理に五輪を開催しようとしている輩は日本の将来を何と思っているのか。

Wednesday, May 26, 2021

辻井ピアニストとワクチン Tsujii Pianist and a Vaccination Shot

 

辻井ピアニストとワクチン

世界的に有名なピアニスト辻井伸行さんとワクチンの接種との関係は?

ともにチケットを取るのに難儀した。

2年ほど前のある日、辻井さんの演奏会のチケット購入の電話受け付けが午前10から始まった。早いもん勝ちである。私は10時きっかりに電話したが、話し中で、また電話するが、また話し中。その後、何度かけても「ただ今電話が込み合っています。しばらく後からかけ直してください」という声が聞こえるだけ。それから、根気よく20分ぐらい何度もかけたが、繋がらなかった。とうとう諦めて、コンサートはまたの機会にした。

24日、新型コロナワクチンの接種予約の電話受付が近くの病院で午後2時から始まった。14:00きっかりに電話したが、すでに話し中であった。やられた。それから何度もかけ直した。辻井さんのこともある。根気よくかけていると14:13分にやっとつながった。早い方かもしれないと思った。

電話予約の熾烈な競争に打ち勝つ方法を知りたい。

Pianist Nobuyuki Tsujii and Vaccine

What is the relation between a pianist Tsujii and vaccine? You have a lot of difficulty in getting the tickets.

   About two years ago the telephone reservation for Tsujii’s concert started at 10:00 in the morning. First come, first served. I called just at 10:00, but the line was busy. I called again, but again it was busy. After that I called and called and called, but the line was always busy. I continued to call for 20 minutes, but the line was busy. At last I gave up. I thought I would go to another concert of his some other day.

   At 2:00 on the afternoon of May 24, the telephone reservation for the new corona virus vaccination started at my neighboring hospital. I called at just 2:00, but the line was busy. Damn it! Suddenly I was seized by the same irritation I felt when I tried to get a ticket for Tsujii’s concert. I again persistently called. At 2:13, I got through to a stuff member of the hospital. I thought I was lucky.

   I want to know how to win telephone reservation competitions.


Thursday, May 6, 2021

金鯱なしの名古屋城 Nagoya Castle without the Golden Dolphins

 金鯱なしの名古屋城



 五月三日、久しぶりに名古屋城へ行った。城内に入り、城を望むといつも見慣れていた金鯱が天守閣大屋根の上になかった。違和感を覚えた。いつも見慣れている物がそこにないとおかしな気持ちになる。
 金鯱は長さと高さが3メートルぐらいあり、文字通り鯱の表面は金でできている。江戸時代に大凧に体を縛り付けて、嵐の晩に金の鱗を盗もうとした悪党がいた。
 さて、いま金鯱はどこに行ったのか。名古屋の繁華街、栄の広場に展示してある。名古屋市民のみならず、金鯱を見に来た人から見物料として500円取っている。私は目の前で金鯱を見たことがないので見たいと思ったが、500円も払って見る気がしなかった。なぜ名古屋市は金鯱を見るのに500円も取るのだろうか。
 金鯱で金もうけをしようとするど根性が気に食わない。きっと金鯱も怒っていることだろう。

Nagoya Castle without the Golden Dolphins

   I went to Nagoya Castle after a long absence. Entering the castle ground, I saw the castle, which I had often seen before, but I felt strange because I failed to see the pair of the golden dolphins on the roof of the castle tower which I was accustomed to seeing. You feel awkward when you cannot see what you always see.

   Each of the golden dolphins are 3 meters long and 3 meters high. The whole body is golden leafed. During a stormy night in the Edo era, a thief tied himself to a giant kite, flew to the top of the donjon, and stole some of the golden scales.

   Where are the golden dolphins now? They are exhibited in a square in Sakae, a busy district in Nagoya. You have to pay no less than 500 yen to see the exhibition.

When I went to Sakae the other day, I wanted to see the dolphins, but I didn’t feel like seeing them I had to pay so much money. Why does Nagoya City charge a 500 yen admission fee?

   I don’t like the spirit of gaining profit by using the golden dolphins. I am sure they are angry at the commercialism.

    

Sunday, April 11, 2021

褒めてくれた恩師 My Teacher Praised Me

 

中日新聞4月10日朝刊、投稿欄より

Monday, April 5, 2021

嶋津導彦君を偲んで In Memory of Michihiko Shimazu

 4月2日、友人の嶋津導彦君が亡くなりました。彼は大垣の興文小学校、中学校、大垣北高等学校の同窓生でした。この度、「北高通信」に以下のような追悼文を書きました。

   A close friend of mine named Michihiko Shimazu died of cancer on April 2. He and I went to the same Kobun Elementary School, Kobun Junior High School, and Kita Senior High school. The eulogy I wrote for him was published in the Kita Senior High School Alumni Bulletin on the Internet. I do not intend to translate it into English.


嶋津導彦君を偲んで

 

松岡 博

 

嶋津君のお通夜に行ってきました。ご遺影の前に立って焼香するとき、ああ、本当に死んでしまったのか、と悲しみがこみあげてきました。

 嶋津君は興文小学校、中学校、北高と同級生でしたが、親しくなったのはこの七、八年です。

 彼は、「味蕾会(みらいかい)」の幹事でした。「味蕾会」は、名古屋とその近郊に住んでいる興文小の同窓生の会で、年に四、五回でしたが、七、八人が集まり、名古屋の料理店で昼飯を食べ、飲み、歓談する会でした。(今は休止)

嶋津君の特技は蕎麦でした。彼は信州にそば畑を持っていて、蕎麦を育て、そば粉を作り、練って、自前の蕎麦を作っていました。おいしい蕎麦を作るために、東京はじめ日本各地の蕎麦作り研修会に泊りがけで出席していました。その腕を振るって、彼は老人ホームで蕎麦を作ってご老人に出していました。

わたしが北高の同窓会に参加するとき、電車で彼と一緒でしたが、蕎麦の話になると、人間が変わったように蘊蓄を語り始めました。鞄から数冊のノートを取り出して、見せてくれました。蕎麦のことが、どのページにも図解入りでびっしり書かれていました。同窓会に出るときでさえも、そのノートを肌身離さず持っているくらい蕎麦大好き人間でした。 

彼曰く、「スーパーで売ってる『ゆでそば』は、袋の裏を見ると本物の蕎麦かどうかわかるんだ。原材料のところで、最初に小麦粉と書いてあれば、そば粉が少ないってことだよ。うまい蕎麦は、最初にそば粉、次に小麦粉と書いてある」

 家に帰って冷蔵庫を開けて、「ゆでそば」の裏を見たら、最初に「小麦粉」と書いてありました。こりゃ、そば粉をまぶしたうどん粉か、と思いました。

 彼は「素庵覚書」と言う蕎麦専門のブログを開設していました。ほとんど毎日のように更新していましたが、三月二十一日の更新が最後でした。彼が作った蕎麦を食べたかった。

 彼のラインの投稿は愉快でした。「興文同期」のライングループに彼は多くの写真や動画の投稿をしてくれました。どれも味のあるものばかりで、バンクシーの絵、懐メロ、数字クイズ、トリオのサンタクロースのダンス、赤ん坊を世話する犬、愉快に踊る猫、悪戯な女の子、洗濯をする犬など、コロナ禍で家に閉じこもるこの一年、彼の投稿にストレスが発散したものです。私の女房も彼の投稿を楽しんでいました。

彼の形見として大事に取ってあるものがあります。彼の手作りの陶器の皿です。二カ月ぐらい前でしたか、嶋津君がわざわざ私の家まで来てくれて、

「形は歪だけど、こんなものできた」

 と言って、皿を二枚くれました。絵柄は「チコちゃん」です。一枚はチコちゃんが笑っている顔、もう一枚は怒っている顔です。両方とも「ボーと生きてんじゃねぇーよ」と書いてありました。

 嶋津君と最後に話したのは二月二十三日です。直接会ったわけではなく、ラインのビデオ会話です。彼は元気そうに見えましたが、膵臓癌を患っていたようです。三月の初旬に病院で検査したところ、全身に転移していたそうです。

 お通夜の最後に導師が「嶋津さんは息を引き取られましたが、息を引き取るとは、故人の息を我々が引き取るということです」と言われました。彼の息を我々北高同窓生が引き継ぐわけです。我々の息も我々の遺族や友が引き継いでいくと解釈しました。

その時まで、「ボーと生きてんじゃねぇ」ように生きていきたいものです。

北高の皆さん、長生きしてください。

 嶋津道彦君、安らかに眠ってください。

Tuesday, March 30, 2021

江戸時代の読本 A Book Published during the Edo Era (1832)

江戸時代の読本

前編6冊


歌川国直の挿絵 米八と阿多𠮷

鶴舞図書館で江戸時代(1832)に出版された読本を借りてきた。戯作者為永春水著「春色梅児誉美」だ。複製であるが、当時のままの本である。今から189年も前の本を手にすることができるとは驚きだ。

この本は「遠山の金さん」で有名な町奉行遠山金四郎景元が天保の改革の一環として出版の規制を行ったが、風俗を乱すという理由で絶版になった本である。このため為永春水は入牢し、手鎖50日間の刑を受けたのである。(手鎖とは手錠のこと)

これは遊郭、唐琴屋の美青年丹次郎を慕う芸者・米八、仇吉の2人と、許婚のお長との確執を描いているらしい。

なぜ絶版になったかを調べるために借りてきた。

A Book Published during the Edo Era (1832)

  I borrowed a book “Shun-shoku Umegoyomi” written by Tamenaga Shunsui and published in 1832 during the Edo era. Although it was a replica, it is surprising that I can touch and read the book just as the people did 189 years ago.

   It was forced to go out of print by the Edo bugyo or the Edo police chief, Toyama Kinshiro Kagemoto, who is famous for its popular name, “Tohoyama no Kinsan” in today’s drama series. He faithfully enforced the regulations to restrict the publication of books which were against public morals during the Tenpou Reform. The writer, Tamenaga, was arrested and imprisoned in handcuffs for 50 days.

   The book depicts the antagonism among three people: a handsome young man of a licensed quarters named Tanjiro, and two high-ranked oiran prostitutes Yonehachi and Adakichi, and his fiancée, Ocho.

I borrowed the book because I wanted to know why this book went out of print.

 



Tuesday, March 23, 2021

ツユクサとフェルメール Day Flower and Johannes Vermeer

ツユクサとフェルメール





ツユクサとフェルメール

 ツユクサの花とフェルメーㇽの「真珠の耳飾りの女」とゴッホの「夜のカフェテラス」の共通点についてNHKの番組で解説していた。

ツユクサの上部は青色で、下部は黄色だ。「真珠の耳飾りの女」のターバンは青色で、頭の先から黄色の布が垂れ下がっている。「夜のカフェテラス」では青い夜空に、黄色いカフェテラスが描かれている。

ツユクサも二つの絵も人(蜂)の注意を引こうとして工夫しているのだ。

ちなみに、青色の補色は黄色だ。フェルメールもゴッホも、もしかしたら、ツユクサからヒントを得たのかもしれない。

 Day Flower and Johannes Vermeer 

The other day I watched an NHK TV program which asked the following question: what is common with an Asiatic day flower, “Girl with a Pearl Earring” painted by Johannes Vermeer, and “Café Terrace at Night” by Vincent van Gogh?

The answer is the contrast of yellow and blue colors. The upper part of an Asiatic day flower is blue, while the lower part is yellow. The turban of the girl in “Girl with a Pearl Earring” is blue, while a long yellow cloth hanging from the top of her head is yellow. As for “Café Terrace at Night,” the yellow café is contrasted with the dark blue sky.

     The flower is trying to catch the attention of bees, and the two pictures attempt to attract the viewers.

     Let me tell you that the complementary color of blue is yellow. Both Vermeer and Gogh may have got a hint from the flower.