Sunday, April 30, 2017

津島の藤 Wisterias in Tsushima

津島の藤
 

 今日、女房と津島の藤まつりに行ってきた。藤の花が満開で、ほのかな香りと共に藤を満喫した。ゴールデンウイーク初日だけあって、藤見客で満員であった。露店も人で大いににぎわい、藤を見に行ったのか、人を見に行ったのか分からなかった。
 驚いたのはヴェトナム人の若い男女が大勢いて、あちこちでヴェトナム語が飛び交い、藤棚の下ではヴェトナム人とすれ違い、ある道端では数人のヴェトナム人が道に座り、ヴェトナム音楽を大音量で聞いていた。彼らは遠くヴェトナムから日本に出稼ぎに来て、たまの休みに羽を伸ばしているのだと思った。
 しかし、あまりにもヴェトナム人が多いので、ヴェトナムに来たかと思うぐらいであった。

Wednesday, April 26, 2017

意思疎通ゼロ NO COMMUNICATION

 意思疎通ゼロ
 
 
 先日あるマンションの玄関ロビーで撮影したものです。少年たちが7人集まっていますが、誰もがゲームに没頭していて、せっかく集まっているのに一緒に遊んだり、話したりしていません。個人個人がばらばらで意思疎通がありません。これで彼らは社会性が身につくのでしょうか。

 そういえば、今日名古屋駅近くの喫茶店でカレーライスを食べていたら、若い男女が入って来て私の隣に座りました。女性はジュース、男性はコーヒーを飲んでいましたが、二人は全然話をしないのです。二人ともスマートホンを見ているのです。15分か20分ぐらい経って二人は喫茶店を出て行きました。別に喧嘩をしている様子でもなく、別れ話でもなく、何にも話をしないのです。

一体今の子はどうなっているのでしょう。

Friday, April 14, 2017

荘川桜 Shokawa Cherry Trees

 
 荘川桜
 
先日テレビで素晴らしいドキュメンタリ-番組を見た。二本の桜の木を50メートル高い所に移植した話である。
195212月、人口約1200人の荘川村が御母衣ダムの建設で湖底に沈むことになった。131メートルの高さのダムが完成すると、250世帯の家と二本の樹齢450年の桜の老木が人工湖に沈むのである。村人は7年間ダム建設反対運動を行ったが、ついには建設に同意した。
 ダム建設の責任者は電源開発総裁の高碕達之助であった。彼は老桜を保護するため桜博士と異名のある笹部新太郎に桜の移植を依頼した。笹部は老木を移植するのは無理だから申し出を断ろうとしたが、高崎の熱意に動かされて仕事を引き受けた。
 笹部は東海地方随一の庭師、庭正を選んで仕事をさせた。仕事は大変であったが、二本の老桜はダム湖の50メートル上にある小高い丘の上に移植された。その翌年、老桜は奇跡的に花を咲かせ、他の町や村に移住していた人たちは桜を見て涙した。
 毎年5月になると、旧荘川村の村人が老桜の下に集まり、美しい桜を愛で、古き良き日の思い出話に花を咲かすのである。


 
 Shokawa Cherry Trees
 
I watched an impressive TV documentary program the other day. It featured two old cherry trees which had been replanted to a new place about 50 meters higher than where they had originally stood.
   In December 1952, Shokawa Villiage with a population of about 1,200 was destined to be submerged in the bottom of a dam lake during the construction of Mihoro Dam. When the 131-meter dam was completed, the whole village consisting of about 250 houses and the 450-year-old two cherry trees would sink in the artificial lake. The villagers protested the dam construction for 7 years, but in the end they consented to it.
The head of the dam construction, Tatunosuke Takasaki wanted to preserve the cherry trees and asked Shintaro Sasabe, a botanist nicknamed as Cherry Tree Doctor. He first refused to move the cherry trees because he believed it would be impossible to replant such old cherry trees. However, Takasaki asked him so earnestly that he accepted the request.
   Sasabe chose Niwamasa Landscape Co., the best gardener in the Tokai area to do the job. After hard work, the trees were replanted in the hill 50 meters above the dam reservoir. The next spring the cherry trees bloomed miraculously to the tears of the villagers who had moved to other villages and towns.
   Every year in early May, the former villagers gather around the trees to admire the beauty of the cherry blossoms and remember the good old days.